それでは、再開します。
米作りがもたらす社会の変化についてのお話でしたね。

狩猟採集型の社会は、身分も無ければ、権力者もいない。気楽で自由奔放。そうでなければ、あんな土器を作ってみようという創作意欲も、時間も無かったでしょう。

稲作がもたらす社会というのは、これと正反対です。水田耕作は灌漑施設が必要ですし、一連の農作業は組織的労役を必要とします。家内労働的な作業ではやっていけないですよね。だから、集落もより大きなものを構成して、男も女も作業に組み込まれていきます。

米作りは、自然を相手として、各時期に必要となる手順を組織的に労働集約的に進めていかなければなりません。

そこでは、次第に時間というものが個人から取り上げられて、組織の管理に帰属していきます。その結果、自分で好きなことをやりたい時間にするという、縄文では当たり前だったことができなくなっていきます。

そういう変化の中で、土器も実用的なものしか作る余裕が無くなったのかもしれません。縄文土器を作ったりしてると、“管理者”から、

「おい、君、もっと時間の効率を考えなさい。どうも、君の仕事には無駄が多い……」

なんて言われてたかもしれません。この先に待ってるのは、管理社会や、ストレス社会しか無さそうですね。

“難儀な社会やな。わしはそんなん、絶対あかんわ。縄文人の血が流れてんのやろな”

そうですよね。縄文と弥生。弥生のほうを好む人が多いとはとても思えません。

冒頭で弥生は人気が無いと言いましたが、こんなところに理由があるような気がします。縄文のように心に直接触れてくるようなものがあまり無い。縄文に僕たちが心惹かれるのは、失われた自由への郷愁や、奔放さへの憧れなのかもしれません。

仮に、縄文人が現代に来たとしたら社会に馴染めないかもしれませんが、弥生人だったら意外とすんなり私たちの社会に溶け込んで、有給休暇も取らずに働くかもと思ったりします。

実際、農村は、徐々に“管理社会”の色合いを強めていきます。これは、後代まで続きます。