江戸時代の村々を例にとると、厳しい共同体の規則が定められていました。休日をとる自由も個人には認められず、最初は、神事・祭礼の日以外には休みもほとんどなかったようです。

休む必要があるときは、「願い遊び日」を申請して村の許可を得なければいけなかったようです。今で言う「有給休暇願い」みたいなものでしょうね。「勝手遊び日」、つまり「無断欠勤」というのも稀にはあったらしいですけど。

生活全般に細かい規則が定められ、結婚や葬式で出される食事の品目・品数や準備の時間についてまで細かな規則があったほどです。こういった村の掟に従わない場合は、村八分にされるということもあったでしょうね。これじゃ、がんじがらめで自由も何もあったものじゃないですね。

個人が時間という自由を失って、時間に縛り付けられた姿と言っていいでしょう。

もっとも、この時代に「自由」なんて言葉は、まだ作られていなかったんですけどね。

因みに、この「自由」という言葉を作ったのは、皆さんもよくご存知の福沢諭吉です。英語の「free」の訳語が日本語に見当たらなかったので、つくるしかなかった。このことは、明治以前の日本社会には自由の概念そのものが存在していなかったということを意味しています。

“福沢はん言うたら、大阪の私塾で勉強して賢うなった人やな”

確か、緒方洪庵の「適々斎塾」でしたね。

話を元に戻しましょう。弥生は、そんな社会への入り口だったと言うことができるかもしれません。