“女性が身に着けるゆうたら、イアリングやネックレスなんかやろうけど、そんなんがミステリーになるんかなぁ……”

なるほど。でも、これがなるんですね。

縄文時代から古墳時代にかけての古代日本には、他の国と同様に、腕輪、耳飾り、ペンダント、アンクレット、指輪などの様々な装身具が存在していました。

ここで、一つ引用してみます。

「奈良時代になると、装身具は忽然と姿を消し、以後、江戸時代末期までの約1300 年間に渡り、首飾り、指輪、耳飾り、ブローチなどは存在しない。わずかに頭髪の装身具と宗教儀式用のみが存在する。これほどまでに装身具を使わなかった民族は世界では日本以外に無く、その理由は謎である」
(『指輪の普及とその要因の探求』鈴木はる美著(京都造形芸術大学通信教育部サイバーキャンパス))

と書いています。

1300年と言われると、確かにこれは謎と感じますね。それも、解けない謎。なぜ日本でだけ、それほどの長期にわたって、アクセサリーが消えたのか。

日本人女性が、アクセサリーに関心が無いなどとは誰しも考えないですよね。美とかファッションといったものに対する関心は、いつの時代にもあったはずです。

戦国時代の日本を訪れて織田信長や豊臣秀吉にも謁見したポルトガル人ルイス・フロイス(一五三二~一五九七)は、日本女性の装身具についてこんなことを書いています。

「ヨーロッパの女性は頭の装飾のために多くの髪飾具を使う。日本の女性はいつも髪に何も付けない」
「ヨーロッパの女性は耳朶に孔をあけ、そこに耳飾りをはめこむ。日本の女性は耳朶に孔もあけないし、耳飾りもつけない」
「ヨーロッパの女性は宝石のついた指輪その他の装身具を付ける。日本の女性は一切指輪を付けず、また金、銀で作った装身具も用いない」
「ヨーロッパの女性は首に宝石や金鎖をつける。日本の異教の女性は何も付けない」
「われわれの間では真珠と小粒の真珠とは装身のためにつかう。日本では薬を作るために搗き砕くより外には使われない」
(『ヨーロッパ文化と日本文化』ルイス・フロイス著、岡田章雄訳注(岩波文庫))

当時の日本女性がほとんど何も装身具を付けていなかった様子がこれでもかというくらいに繰り返し書かれています。フロイスは祖国ポルトガルなどの国々の女性たちとあまりに様子の違う日本女性に接して感じるところが強かったんでしょうね。

ただ、そんなふうに感じたのは、フロイスだけではなかったわけです。

時代を変えてもう一人の証人を呼んでみましょう。