恋は盲目ではなく洗脳である

やけに眩しく感じるのが夜。
やけに暗く感じるのが朝。

希望は叶わないのだ。
そこには昼しかないのだから。

いっそ投げ出してしまえばいい。
やけになればいい。
夕方がきっと見守ってくれる。

そんな時こそ辛口で締めとしようか。
表面張力を感じさせない優しさとともに。

近頃“恋愛離れ”“草食化”といったようなワードをよく耳にするが

皆さんは“恋”をしているだろうか。

祈りを捧げる外国人

「好きな人がいるが伝える勇気がでない」
「良い人に出会えない」

そんなこんなで奥手になっている人の方が多いのではなかろうか。

実際あるアンケートの結果では
「現在、恋人がいますか?」という問いに対し
約8割の80.2%が「いいえ」と答えている。

しかしながら”恋”というのは”本能”の為の”手段”であり、
潜在意識から”恋”をしたくないと思う人は極稀なはずだ。

はじめに言っておこう。
“恋”はひとりでに生まれるものではない。
あらゆる記憶や感触を総体的に自分自身の中で”恋”としているだけだ。

そう。
“恋”は自覚することから始まる。

そして”恋”の自覚に必要な自分自身の中の選考基準は
メディアの”洗脳”の影響を顕著にうけている。

“恋”は創れるものであり、
“洗脳”を紐解き”恋”を創る側になることが、
“恋”をする一番の近道であると言える。

ここからは具体的に”洗脳”を紐解いていこう。