家並越しに海を見下ろしながら、東に向かってなだらかに下る坂道を辿る。
 海面を無数の白い光がリズミカルに跳ねている。湾内には数隻の漁船が眠るように係留されている。視界いっぱいに弧を描く水平線の上を巨大な貨物船の影が北へとゆっくりと辿っている。
 長年、見慣れてきた光景だ。家並の間をうねりながら下る道路から歩いて来た方向を振り返れば、空の輪郭をつくる稜線、緑豊かな山腹、その下に広がる町並み、どれをとっても目に馴染んだものばかりだ。

 潮を含んだ、粘り気のある風が肺を満たす。生まれたときからこの風を吸ってきた。わたしは、この地方で生まれ育ち、職場のあるこの町まで通勤している。
 一帯の町は、どこもよく似た風土の中にある。以前はそんなことを特に意識することはなかったが、都会での四年間の学生生活を経て郷里に戻って以来、そう感じるようになった。
 教師としてこの町に赴任してから三年が経ったということになっている。道を行き交う人たち、自転車や車に乗った人たち、家々の窓から顔を覗かせる人たち、果樹園で働く人たち・・・・・・今ではその多くがよく知っている顔だ。気楽に会釈を交わし、あるいは短い言葉をやり取りする。

 この地方には、わたしにありったけの愛情を注いでくれた両親や血を分けた姉妹がいる。そして、この町には、楽しい思い出を共有する数多くの仲間たちや、それに愛おしい人が住んでいる。
 ただ、彼らの名前を知らないはずはないのに思い出せないのだった。何度思い出そうとしても、頭の中に浮かんでこない。それでも、どの一人をとってもわたしにとって失うことのできない、大切な人たちであることに違いはない。それがいかに不自然なことであり、奇妙なことであるのかは言うまでもない。
 坂道は海が近くなるにつれ弓なりに南に向かって折れ、海沿いを南北に走る道路にY字形に繋がる。
 ここからはいつも道なりに南へと向かう習慣だ。記憶にあるかぎり北側に向かって歩いたことはない。あまり行きたい場所ではない。明確な理由は意識していないが、何となくそう感じるのだ。

 実際には、この町で三年をはるかに超える時間を過ごしてきた今では、建物や道路だけではなく、ここに暮らす人々の表情や通り沿いに植わっている木々の一本々々まで手に取るように知っている。町のほぼ全体についての地図をかなり正確に描くこともできる。