瞼を上げ、目覚まし時計に手を延ばす。伸びとともに吐く息は無味無臭のものだ。頬を擦る布団カバーの繊維の感触、硬いものを掴んだ指先の感触、カーテン越しの色鮮やかな光が照らし出す壁や天井などの、きめ細かな存在感・・・・・・こちらが僕が生活する現実の世界だ。
 現実に戻った瞬間に、町に暮らす人々は瞬時に意識の表面から剥落して霧消し、もう、その表情すら思い浮かべることができないのだった。
それは、家族やどんなに親しい友人であっても同じだった。もどかしさを感じないと言えば嘘になるが、いつものことで、すでにその感覚には慣れっこになっていた。それが、夢というもののルールなのだろう。
 が、不思議なことに、町そのものについての記憶が損なわれることはないのだった。それだけは鮮明に頭に刻み込まれていて、覚醒した状態でも堅固な質感をもって思い浮かべることができ、そこを辿ることもできるのだった。
 夢の外で辿る町は、まったく人影の無い、ゴーストタウンさながらの様相を呈しながらも、揺るぎない存在感を備えていた。
 このことをこれまで不思議だと感じたことはなかった。そう感じる機会が無かったと言うべきだろうか。なぜなら、町は、僕が人間として成長する過程で現れ始めたのではなく、物心がついて以来、いや、ひょっとするとその前から現れていたのかもしれないからだ。
 それからすると、町は、僕の夢の中に棲み付いているような存在と言えるのかもしれない。
 以来、僕は数え切れないくらいに町に下り立ち、そこを歩き、町の風を呼吸し、様々な人々と会ってきた。あたかも、それが、もう一つの生活であるかのように。

 町は現実に存在するものではなかったが、単なる想像上の産物を超えた存在感を伴っていた。バーチャルというのとは本質的に違い、夢の中でありながら、地面を踏む一歩々々に足裏には土や硬いコンクリートが感じられ、そこには潮の香りや濃厚な生活臭すらも存在した。
 一種の現実からの逃避のような意識が、無意識裡に町を築き僕をそこへと逃げ込ませているのだろうかと考えたこともある。
 しかし、現実の生活において僕をそこまで苦しめるようなものは何も存在しないように思われた。そのことからすると、現実からの逃避というだけでは説明がつかなかった。