数キロ進むといよいよI町へと入った。走るにつれ、記憶の中にしかなかった夢の町の地図が現実の町と重なり一体化していくような感覚がした。
 初めて訪れた場所なのに、感覚が緩やかに馴染んでいく。故郷に戻るというのは、こんな感覚なのだろうか。
 走り慣れた道路。色濃くなった緑に覆われた山々、光が躍るような眩しい海は記憶にあるままの夏の景色だった。夢に出てくるとおりの、自然豊かで長閑な町だった。
 しかし、ほどなく頭の中の町の書き換えを必要とするものにも次々と出会った。建物が新しいものに置き換わったり、開発されたらしくがらりと様子を変えたところもある。
 海水浴場近くの駐車場に車を停める。少し歩いてみることにした。空は快晴に近かったが、暑さは思ったほど感じなかった。朝ということもあるが、千葉と比べると気温が二、三度低いのだろう。
 海から吹いてくる風を胸いっぱいに吸い込む。潮の香は夢の中でのものと同じように感じられた。砂浜に下りてみた。ほとんど人影はない。水平線が視界の端から端まで延びている。
 剛は、ついに夢の中の町に立つことができたという感慨に浸っていた。後ろを振り返ってみる。背後にはなだらかな傾斜の中に町が広がり、山地へと連なっている。静かで平和な田舎町そのものという感じだった。どれもがよく知っているものだった。

線路のトンネル

 美貴は、電車の窓いっぱいに広がる太平洋の海原を眺めていた。下瞼の切れ上がるようなラインの上の円らな瞳がこの旅に賭ける強い思いを湛えていた。
 全体に柔らかで整った造作の小顔の中で、唯一自己主張しているかのような下瞼の強いラインが美貴のお気に入りでもあった。
 実際のI町とはどのようなところだろうか。そこは、本当に夢に現れる町なのだろうか。夢の中でしか見たことがない町に現実に降り立ったとき、心の中にどのような感情が湧き上がってくるだろうか。
 I町と現実の関わりを持つ中で、自分の中に、思いもしなかったような変化が起きたりすることもきっとあるに違いない。それがどのようなものであれ、この先本来の自分の生活を取り戻すためには、通らなければならない関門であろう。
 何が待ち受けていようとも、それに負けない強い気持だけは失わないでおこうと、美貴は自分に言い聞かせた。

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I町の美貴