車内放送が目的駅への到着を告げると同時に電車が減速し始めた。
 線路と海の間に広がる砂浜が夏の光を跳ね上げている。
 この日の美貴はマジョリカブルーのポロシャツにオフホワイトのクロップドパンツの服装だったが、外に広がる海と砂浜の色彩にも似た組み合わせだった。
 今朝、横浜の自宅を出てから、三時間になろうとしている。あと十五分ほどで正午になる。上野から「ひたち」で水戸まで行き、そこから常磐線に乗り継いできた。
 一泊分の荷物を詰めた旅行鞄と帽子を手に下車した美貴は、海とは反対側に設けられた駅の改札を出ると、駅舎の中でいったん立ち止まった。
 同じ電車から降りた他の利用客の大半が駅舎から出ていくと、駅舎の窓ガラスを通して外の風景を見通すことができた。そこには、見覚えのある風景が広がっていた。
 初めて訪れた町のはずなのに、懐かしさのようなものが胸の底から込み上げてきた。幼い頃からずっと夢に現れてきた町がそこに広がっていた。美貴の目には、それがじっとここで彼女を待ち構えていたように映った。全身が粟立った。やはりこの町だった。粟立ちが収まると、躰全体に感動が押し寄せてきた。

宙を舞う麦わら帽子

 美貴は一つ深呼吸をすると、つば広の帽子を被り、覚悟を決めたかのような足取りで駅舎を出た。この町できっと何かに出会うことになる。ひょっとすると、自分の人生そのものを変えてしまうようなものに遭遇することになるかもしれない。そんな予感がした。
 と言っても、出た瞬間には、次の一歩をどこに向けて踏み出せばいいのかすら分からない有様だった。
 そんな彼女の思いとは裏腹に、空を見上げると、どこまでも無関心を装っているかのような青空が広がっていた。
 西の方角に目を転じると、稜線の下を埋め尽くす濃い緑が目を染める。弓のような弧を描く上瞼と切れ上がるような端正なラインを持つ下瞼の間で、黒く深みのある瞳が落着きなく動いていた。