来た方向を振り返ると、なだらかな緑豊かな傾斜地がそのまま山地へと連なっている。急に涙が込み上げてきた。
 よく知っている町。懐かしい町。あの嫌な夢を見るまでは、ここはわたしにとって居心地がよく、心安らぐ町だった。
 この町がわたしを呼び寄せたのだ。根拠は無かったが、それは間違いないことのように感じられた。
 でも、この町にはわたしのことを知ってくれている人はだれもいない。そんな当り前のことがなぜか無性に悲しく感じられた。
 でも・・・・・・。きっと辿り着いてみせる。弱音なんか絶対に吐かない。

コップに注がれる水

 剛は、海を見下ろすレストランでグラスに満たされたミネラルウォーターを一気に喉に流し込んだ。
 夕方近くになって海沿いの国道を南に向かっているときにたまたま目に止まったホテルに投宿していた。 比較的新しいホテルのようだった。町の記憶の中には無かった建物だ。
 ホテル最上階の五階にあるレストランの海側に設けられたテーブルで早めの食事をとっていた。
 時刻は六時を過ぎていたが、真夏を迎えた海はまだ光をとらえて海面を軽やかに躍らせていた。
 足が棒のように感じられた。足裏全体がじーんと痺れたような疲れを訴えている。
 この日は、町中を車で移動し、その先々を何時間もかけて歩いてみた。歩いた距離をトータルするとかなりのキロ数になるだろう。I町に着いてからに限れば、車の走行距離以上かもしれない。